有田焼の歴史
- hizen3292
- 4月24日
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1. 誕生(17世紀初頭・江戸時代)
1590年代、豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)の際に、多くの朝鮮人陶工が日本に連れてこられました。
その中の一人、**李参平(りさんぺい)**が1616年頃、有田の泉山(いずみやま)で磁器に適した白磁鉱(陶石)を発見。
これにより、日本初の磁器生産が有田で始まりました。
2. 発展(17世紀中頃〜後期)
初期は青い染付(そめつけ)中心だったが、やがて色絵(いろえ)技術も発展。
特に伊万里焼として、長崎の港からオランダ東インド会社を通じてヨーロッパへ輸出され、高級磁器として人気を博しました。
実際には有田で作られていたものの、積み出し港が伊万里だったため「伊万里焼」と呼ばれました。
3. 最盛期(18世紀)
江戸時代中期、有田焼はヨーロッパ王侯貴族に愛され、マイセンなどの西洋磁器に影響を与えました。
豪華絢爛な金襴手(きんらんで)などのスタイルも登場。
4. 明治時代〜近代
明治期には国内外の博覧会に出品され、海外でも評価が高まりました。
同時に、西洋向けのデザインが増え、技術も多様化。
5. 現代(20世紀〜)
有田焼は伝統を守りながらも、現代的なデザインやライフスタイルに合った器も多く作られています。
400年以上の歴史を持ち、今でも世界中のコレクターや料理人たちに愛されています。

有田の泉山(いずみやま)石場




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